すべては自分が考えていた。

観たり聞いたりしたことを
データとして蓄積しています。

何かが起きると
それはこうで、ああでと
理論で固めてしまいます。

すべて自分の中のデータをかき集めて
その現象を解析していたのです。

そう思ったのは自分です。
となりの誰かがそう思ったのではありません。

自分の思いをお店で売っている
訳でもありません。

いま、思っていることは
自分が選んだ思いなのです。

自分がそう決めたので
それが思われているのです。

自分がそう考えたから
考えが浮かんだのです。


すべては自分のフィルターを通して
観ているのです。

自分以外のフィルターは無いのです。

偏ったフィルターはどんなになるのでしょうか?

100人がこうだ。と言っても
私のフィルターがそうではない。
というかもしれません。

自分が持っているフィルターが
汚れていると、汚れて見えて。

自分が持っているフィルターが
曇っていると、曇って見えます。

いつから曇りのフィルターになったのでしょうか?

生まれてこの方、いろいろな経験をしてきました。
その経験がフィルターを作っているのです。

誰かに教えられたのかもしれません。
読んだ本に書いてあったのかもしれません。
親から教えられたのかもしれません。
先生から教えられたのかもしれません。

自分のフィルターを研いて
曇りを払いましょう。

私の目が見えているもの。
私の耳が聴いているもの。
それが、現実世界です。


そこに、うまい下手もありません。
そこに、失敗、成功がありません。
そこに、上もなければ下もありません。


見えたものが見えているものです。
聞こえている音が聴いているのです。


聞こえたことに意味をつけているのが
フィルターです。
見えたものを何かに見立てようとするのが
フィルターを通しているからです。


フィルターを取っ払いましょう。
フィルターなしで感じましょう。


すべてはあなたがフィルターを通して
考えていたのです。
そのことを自分でわかったうえで
生活しましょう。

すべては自分で意味付して
観ていたのです。

困ったことが起きたと思ったら
フィルターが困ったと思ったのです。

困ったことが、入ってきたわけではありません。
となりの家にあったのでもなく
お店に売っているのでもありません。

困ったことと思うのは自分が
フィルターを通して困ったことに
してしまったのです。

困ったと思ったのは自分が
困ったと思ったからです。


何でもないと思えば
何でもないんです。

すべては自分が決めていたのです。
自分が選んだことなのです。


自分以外に自分を創れません。
創り主が自分なので
自分で作りかえればいいわけです。

不安や恐怖も自分が作り出したのです。
不安や恐怖がお店で売られているのではありません。

わざわざ、自分が作り出したのです。
過去のデータから不安や恐怖を選び出したのです。

不安や恐怖がフィルターに無ければ
そんなふうに感じません。

不安や恐怖を選ばなければいいのです。

自分がわざわざ選んでいたのです。

 

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