「聖書考古学」の記事一覧

死ぬのが怖い。

死について考えたのは、小学校4年生のときでした。

死んだら、あたりは真っ暗で、どんどん、どんどん底なし沼に落ちてゆく

そんな夢でした。

それが怖くて怖くて、三日三晩泣きとおしました。

その後、結果的には泣き疲れて、眠り込んでしまい。

元の普通の小学生にもどりました。

 

今思えば、あれはなんだったのか?

それっきり、このような死への恐れで動けなくなったのはありません。

悪い夢を時々見たぐらいで、大人になってからはだいぶ落ち着きました。

 

でも、私に付きまとっていたのは空しさでした。

何だか空しいのです。

死んだらどうなる?

それが解決できないでいたからです。

死んでみればわかるのですが、そんなことはできません。

何のために生きているのか。

 

すると、ネット(YouTube)である動画を見ました。

聖書考古学です。失われたアークについてでした。

ハリソン・フォードの「失われたアーク」に感動していた私は

すぐに飛びつきました。

 

アメリカの一般市民、ロン・ワイアット氏の探検の記録でした。

聖なる箱、ノアの箱船、それを見つけていたのでした。

 

ワァオー。

箱船は本当だったっだ。

モーゼの十階も本当だったんだ。

 

日本には伝統的に御神輿を担ぎますが、聖櫃がモデルになっているのだと

確信しました。

いまだに、聖櫃を担ぐ伝承が残されていたのです。

(再臨が現れたときには、日本人が聖櫃を担ぐ役割が来るのかもしれません。

世界に、神の民として誇れる瞬間です。)

 

とすると、他の事もすべて真実ではないのか?

聖書に書いてあることは、すべて真実なのではないか。

全て真実であるとすると、世の中が変わって見えました。

 

私たちは猿から進化したのではなく、神がお作りになったのです。

「産めよ増やせよ地に満ちよ。」

これで、生きている意味が解りました。

空しさも消え失せました。

 

訪問感謝します。

 

 

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